一言では言い表せない被災者の心

ある街で依頼者さんから聞いた話です。

その方は、街の復興にとても貢献しているリーダー的存在だったため、様々なメディアが取材にも来ていました。

お話を伺うと、震災当時はご家族を何人も亡くされて、言葉では言い表せない悲しみを通過しておられました。
「津波が引いた後、がれきの中から(遺体になった自身の)妻を見つけたから、引き上げようと思ったけど、左手が何かに引っ掛かって引っ張り出せなかったわけさ。よく見ると、引っ掛かってたんじゃなくて、妻の手が何かを掴んでいたのよ。何を掴んでるのかな〜と思って見たら、(遺体になった自身の)孫の手を掴んでたわけさ…(妻は)命を落とした後も、ず〜っと孫を守り続けていたのか〜と思ってね…」

いろいろな話をして下さいましたが、この言葉には驚きました。

「もう悲しすぎて、涙も出なかったよ…。」

「最初は泣くかと思ったんだけど、もう、あまりにも悲しくて、悲し過ぎて、涙も乾いちゃったのかな…人間って、あまりにも悲し過ぎると涙も出なくなるんだな〜と思ったね」

そんなある日、被災した街中で、ある光景を目にされたようです。
がれきの中を気をつけながら歩いていく母子の姿。お母さんの手を引っ張る子供が、元気そうに、でもちょっと不安そうに歩いていました…
そんな光景を見た時、その子供が、自分の孫みたいに思えたそうです。その時思いました、「自分の孫には、もう何もしてあげられない。だからせめて、こういう困った子供たちの為に、自分の孫の代わりだと思って、何かしてあげたい…」

その後、「孫の代わりに自分が生き残ったことには、何か意味があるのではないか!?」と思うようになり、考え抜いた末、ご自身が所有している貸家を、格安で貸してあげることにしました。個人が所有する貸家なので、数には限りがある。そのため、生活が大変そうな家族や、小さな子供をもつ母親などを優先的に入れることにしました。
その結果、今では貸家に入った家族からとても感謝されているようです。

この方の話を聞いた時、あまりにも多くの苦難や悲しみを通過してこられた辛さ、その辛さを乗り越えながらも前向きに生きようとされる強さ、それによって周囲の人々にもたらした感動、でもその背後に残る心の傷…それらの思いが絡み合い、一言では言い表せない複雑な気持ちになりました。

…被災した方の心の傷、到底一言で言い表せるものではない、と感じました。

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