教師でなければできないこと

他のボランティアの方から、震災関連の話を聞きました。

その方は、関東で小学校の先生をされていました。ご自身が務める地域では最近、東日本大震災関連の本が小学校の道徳の授業で使われ始めているようです。               その話を聞いた私は、自然災害の対処方法を学んだり、教訓を生かして防災訓練を強化する為かと思いました。しかしそこには、もっと本質的な内容がありました。

2011年は、東日本大震災だけではなくて台風被害もあり、海外ではニュージーランド地震やタイの洪水もありました。これらの自然災害で、多くの人が家族や友人を失い、傷付く人や悲しむ人が多かったです。                     しかし、その一方で、人間関係を見直す人も多くいました。

家族や友人といった身近な人に対して、今までは “一緒にいるのが当たり前” だと思っていたのが、 “一緒にいるのは恵まれたこと” だと思ったり、 “一緒にいてくれるだけで感謝なんだ” だと思ったり...。

2011年の “今年の漢字” の応募総数は、それまでの過去最高の約50万件だった。多くの人の注目を集めた中で選ばれた漢字は、  1位「絆」、2位「災」、3位「震」でした。被災地の光景をテレビで見たり、津波が来た時の映像をネットやyou tubeで見たり…。メディアを通してでは、一般的に2位や3位の言葉に偏りがちです。そんな中で最近、小学生の道徳の授業用に出版されているのが、この1位の言葉に焦点を当てた教科書だという話でした。

『地震があった。』                    これは、簡単に伝わります。               『原発事故に発展し、大災害になった。』          これも、メディアを通して伝わります。           しかし、                        『乗り越えた背景に、目に見えない多くの絆があった。』    これは、メディアを通してでは伝わりません。       「...そうか。これを伝えるのが “メディア” ではなく “教師” の役割なのかもしれない...」

今、小学校の道徳の授業では、いい教材が少ない上、教える内容も不明確。そんな中で授業そのものが軽視され、授業数も減少傾向にあるという話でした。

震災関連の本を道徳の授業で使うこと。            それが、小学校の道徳教育を改善する、一つの “きっかけ” になっているようです...