愛の力は無限大 家庭連合 平和奉仕 ボランティア隊

 
 
 
 

参加者の声

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災害ボランティア参加者の声を紹介します。2017年の台風18号の被災地支援、九州北部豪雨の被災地支援に参加したメンバーの声も掲載しています。

 

力を合わせることで復興が加速する
私たちが伺ったお宅は、(台風18号による被害を受けて)屋内の床上1mまで浸水したようで、その爪痕が部屋中に残っていました。途中、被災当時の状況を教えてくれたり、差入れをしてくださったりと、辛い状況にも関わらず周囲の人のために尽くす依頼者さんの姿を見た時、その心の強さと美しさに胸を打たれました。支援者か受援者かに関わらず、1人1人が自分に何ができるのか真剣に考え、力を合わせて進んでいけば、復興はより早くなるのだと学びました。

 

普段の生活習慣が大切
被災した現地のお母さんから聞いた話が印象的でした。生きるか死ぬかの瀬戸際のような状況下でも、誰かを助けようとして必死に生きたという生き様を聞きました。もし、自分自身が同じ立場だったらどうするか考えてみると、このお母さんと同じことはできないだろうと思いました。その時、有事に人助けをするためには、平時から人助けする習慣を身に付けることが大切だということを学びました。

 

共通の目的は様々な壁をこえる
活動を通じて、人と人との繋がりの大切さを感じました。地元のみならず日本全国から老若男女、様々な人たちが支援に来ていました。その関わり合いの中で、愛そうとしたら逆に愛された…と思うことが多くありました。例え仕事はバラバラ、生き様や宗教もバラバラだったとしても、共通の目的に向かって努力することで自然と尊重しあえるし、スバラシイ関係性が構築できるのだと思いました。

 

人生経験が人助けにつながった
今回私たちが依頼されたボランティア活動の内容は、私が普段の仕事でやっている業務内容と非常に似ていました。そのため、活動中にイニシアティブを発揮することができたし、より効率的なやり方を周囲の人たちに教えることもできました。活動前は、仕事の経験がボランティアに生かせるとは思っていなかったので、私自身とても驚きましたし、今の仕事をしていて良かったと思いました。私自身の人生経験というものは、予期せぬ場面で他人の役に立つこともあるのだと気付き、人生において無駄な経験は無いのだと思いました。

 

誰かのために働くこと
イベントの手伝いをしたため、朝早くからイベントの下準備を手伝い、イベント終了後の片付けまで終わったのは夜でした。とても忙しかったので体は疲れたのですが、不思議と嫌な思いにはなりませんでした。普段の仕事などで働く時は、ただ疲れただけで終わることが多いのですが、誰かのために働いてみると、体は疲れても心は元気になれるのだと気付きました。

 

普段は気付けていない地域の課題
現地の人から「自然災害によって生じた地域の課題がある」という話を活動前に聞きました。しかし、実際に現地でボランティア活動をしてみると、その地域が元々抱えていた課題だったというケースが多く、自然災害をきっかけに表面に現れやすくなったのだと感じました。きっと、私たちの地元においても同じような課題があるけど、普段の生活の中では気付けていないだけなのだと思いました。

 

百聞は一見に如かず
東日本大震災の被災地では、震災から6年が経過していたこともあり、がれき撤去は既に終了していました。被災した爪痕などもあまり見られず、街は落ち着いた雰囲気だったので、津波が来た場所だということは説明されなければ分からないほど片付いていました。しかし、被災した地域に住む人たちと直接触れ合う中で、今の被災地が抱える課題もたくさんあると感じました。逆に、復興に向かう希望や可能性もたくさんあると感じました。外見が片付いたら復興が終わりではなく、まだスタートしたばかりなのだと分かり、“百聞は一見に如かず”だと感じました。

 

ボランティアとは心を通わせること
活動を通して、ボランティア活動に対するイメージが変わりました。
参加前は、ボランティアというのは“自分が持っている物を与えに行くもの”と思っていました。
しかし、実際に取り組んでみると、自分にできることは本当に小さいのだと実感しました。そして、“与える”というよりも、“お話を聞いて、共感したり、共有したり、被災現場に行って、実体に触れる”といった一見些細な所で心を通わせるところが、ボランティアの本質なのだと感じるようになりました。
そして、他教会のメンバーたちや全国各地からボランティアに駆け付けた人たち、地元の被災した人たちとの間に生じる人間同士の温かさ、ぬくもりを感じる時間でした。

 

石巻の現場に来て感じるのは
現場に行って感じたのは、 ボランティアというのは備えなしでは決してできず、勢いだけではむしろ足を引っ張るということです。まず寝床、そして食事、トイレ、安全対策などを自分で解決していかなければなりません。もちろん、為に生きたいという高い公益性と共に、現地の厳しい現状の中でも折れることのないタフさが必要であることは言うまでもないことです。
地元の人から話を聞くと、自宅が被災しても愛着がある為に、そこで今も住んでいる人が多い印象を持ちます。缶ジュースを一本開けて置いておけば、すぐにハエが寄ってくる場所が果たして日本にどれだけあるでしょうか?
一日活動するだけでも、多くのことを考えさせられました。安全に一日活動できた、という事実にただただ感謝です。

 

ボランティアの経験はお金じゃ買えない
今日は午前と午後に二つの別の作業をしました。
午前中はお寺の片付けのお手伝という感じでしたが、最後に依頼された衣装ケースの組み立て(説明書もなく非常に難しいものでした)が、完成すると思わなかったので、皆で力を合わせて時間内に出来て感動しました。
午後は、やきとり屋さんだったお宅で、がれきの撤去などをしました。昨日のお宅と同じ半年間手付かずの状態で、カレンダーが3月のままだったり、時計も津波が来た時間で止まっていました。
その家のおばちゃんが探していた写真が見つかって、「他には何もいらないけど、この写真だけは欲しかった」と言っているのを聞いて、ボランティアは相手のニーズに応えることが一番大切なんだということを実感しました。
災害ボランティアセンターのスタッフが言われていた「こういうボランティアの経験はお金じゃ買えない」という言葉にぐっときました。
色々な考えや事情を持った多くの人たちと触れ合えるのは凄く新鮮です。いつもは力になりたいと思っているだけだけど、実際に現地に来れている事実に改めて価値を感じました。

 

与えようとされる現地の人たち
私が1番心に残ったのは、被災した現地の人からいろいろなお話を聞けたことです。被災した人は、それぞれに辛い事情があるのに、自分の為ではなくて人のために頑張っている姿がありました。それを見て、とても感動しました。でも、その人たちは自分を犠牲にしてやっているつもりは全然なくて、この地域のために何かしたくてたまらない気持ちなのだろうと思いました。
与えたくて、与えたくて仕方のないこの気持ちこそが、真の愛なのではないかと思いました。

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