豪雨災害で水没した写真洗浄。
2020年10月4日現在、あらいぐま大阪洗浄は、2018年7月岡山県真備町豪雨災害で水没した写真の洗浄を行っています。当初は今年7月末には完了予定でしたがコロナ禍の影響によって遅れています。
コロナ禍で災害支援が制限されている中で少しでも被災地の支援ができればと思いネットやSNSを調べた結果、写真洗浄の情報が入ってきました。噂では以前から聞いていたのですが大阪市内で活動しているとは知りませんでした。
活動拠点は大阪市阿倍野区西田辺町にある「桃ヶ池公園市民活動センター」。以前は近くの喫茶店でしたが、そのお店が閉店することになったので現在の作業の拠点はここで基本日曜日(予約制)活動しています。
10月2日より公開されている映画「浅田家」におきまして主人公が東日本大震災で水没した写真洗浄を行うシーンも出てきます。この映画を通して改めて写真洗浄の意義を感じました。
被災されたお宅にこのようなチラシを配布するそうです。災害ボランティアセンターなどにもチラシを置いてもらったりしていますがなかなか浸透しないようです。私も見たことないかなぁ? 多分みんな忙しすぎて見落としているのかもしれません。
写真洗浄は6工程あります。先ず被災地で発見したアルバムはとにかく「乾かす」ところから始まります。災害ボランティア活動で発見したアルバムはとにかく乾燥してください。全体に風通しを良くするため洗濯ばさみなどでページごとに挟みます。
2工程は「カバーアルバムごと1枚1枚剥がしていきます」。しっかりと乾燥するまではフィルムと写真がくっついていて、この状態でフィルムを剥がすと写真のインクがフィルムにくっついてくるためフィルムごとアルバムから切り取るみたいです。
私はまだこの1工程2工程は経験がありません(>_<)
3工程は「洗う」です。私もここから経験させてもらってます(#^^#)
フィルムを丁寧に剥がして…写真を水で洗います。インクが溶けやすくなっているので慎重に泥やバクテリア、カビなどを洗い落とします。なるべく原型が残るように洗いたいのですが、インクが溶けてしまって何を写したのか分からない物や首から上が無くなってしまっている物もあります。それでも私たちには何の写真なのか想像ができないとしても持ち主さんが見れば何の写真なのか想像できるのかも…と思うとインクが溶けてしまった部分であっても残しておくべきかと…自分の判断で落としてしまうのがとても難しいです(^_^;)
ウエットティッシュなどで汚れや溶けたインクを落としていくとこのようになります。ただこれが正解なのか?溶けた部分をどこまで残すかしかし残し過ぎることでバクテリアの繁殖を抑えることができなくなる可能性もあるのでしょう。だからと言って落とし過ぎると持ち主さんがどう思われるか?
4工程は「干す」です。洗浄した写真の水切りをして干します。水切りで気を付けないと写真のインクがべたついている時があります。
このような感じで洗濯ばさみで挟んで干します。
5工程は「仕上げ」。洗浄で落ちきれなかった汚れやインクをエタノール(アルコール)で落とします。エタノールはエチルアルコールでお酒などに含まれているアルコール。飲まないけど…(^_^;)
エタノールで綺麗に汚れや殺菌します。表だけではなく裏も同じようエタノールで仕上げます。
6工程は「アルバム」に収納して持主の元へ返却します。
そのため写真が混同しないようにこのようにアルバムごとにまとめられています。
たしかこの写真は444番の方の29冊目のアルバム36枚という意味だったと思います。写真の順番もアルバムに収められていた順番で保管されます。
水没のためどうすることもできないと判断された写真は「ご供養」します。独りで判断すののではなく何人かで相談し一旦は洗浄をしてみながら干してみて最終的にご供養と判断されるものもあれば、洗浄前で判断されるものもあります。
これらの写真はお寺で供養していただきます。
このような供養写真を少しでも減らすためには被災地で水没したアルバムはとにかく直ちに乾燥させることが大切です。
真備町で水没した写真洗浄は年内で終了予定です。 私も写真洗浄は始めたばかりまだまだ知らないことも多いですが、豪雨災害のため家も故郷も流されてしまい全てを失ったとしてもせめて「写真」に込められている思い出だけで守ってあげたいです。これから仮設住宅で独り暮らさなければならなかったり、生まれて両親、家族、友達と共に生活した故郷を離れなければならない時に、せめてその故郷で共に笑ったり遊んだり一緒に生活した思い出の写真だけでも残してあげることができればこれからの生活の励みとなるのではと思うとこれからも「写真洗浄」頑張ります。