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津波よりも大変だったことは…

2014年8月下旬、依頼を受けて雑草の除去をしました。午後の作業をしていた時...

 「さあさあ、少し休憩して、コーヒーでも飲んで!」

現地のお母さんからの差し入れでした。

「・・・この辺りは殺風景でしょ?でも、震災前はここ、家がずら〜っと並んでいたのよ。あの頃(震災直後)から3年以上も経った今では、なんにも無くなっちゃったわ...良くも悪くもね。

 『きれいになりましたね〜』 って言う人もいるけど、私にとっては 『寂しくなったわね〜』 っていう感覚の方が強いわ。親戚や友人も、7割位はいなくなっちゃったしね・・・

その場所は最初、雑草が生い茂った空き地に見えたのですが、よく見ると、家の基礎部分がほとんどの場所に残ってました。お母さんの話を聞くと、震災前は家が建ち並んでいたはずの場所だと、なんとなくイメージできました。

お伺いした話の中で、印象的だった言葉があります。

「・・・もちろん津波も大変だったけど、その後の生活の方が大変だったわ。震災から3年以上たった今だからこそ、少し落ち着いてはきたけど、震災から1~2年の頃は、とっても大変だったの。『震災後の生活がこんなに大変なら、いっそのこと、自分も津波で死んじゃった方が良かったのに。自分は、なぜ生き残っちゃったんだろう?』  と、何回も思ったわ・・・」

声には出していませんでしたが、そこにいた誰もが 「えっ?」 という表情をしていました。

  作業が終わった後、メンバーは口々に言っていました。

「被災した方たちの “苦労” や “心の傷” が、如何に重く、辛く、深刻だったのかが伝わってきました。」

災害現場を渡り歩く中で…

伊豆大島で災害ボランティアをした時、あるボランティアリーダーに出会いました。話を聞くと、東日本大震災後に災害ボランティアを始めた方でした。震災後は、自然災害が起きれば関東や関西、九州に至るまで全国を駆け回りながら災害支援をされていました。最近では、ボランティアセンターの運営面の補助をすることが多いようです。まさに、縁の下の力持ち的存在です。

今では仕事まで辞めて、ボランティア活動に専念しているようです。様々な災害現場を支援する中で感じた心境を、2つお伺いしました。


1.災害現場を支援する時に大変なこと

「災害支援と一言で言っても、支援の形は地域によってバラバラだということですね。不思議なことに、災害の内容が全く同じだったとしても、そこに対する支援方法は地域によって全く違うんですよ。

 例えば、地域によって...

  ・災害の規模が違う。

  ・ボランティアセンターの人員が違う。

  ・現地に住む住民の特色が違う。

  ・集まるボランティアが違う。

  ・ボランティアが、どの作業までお手伝いするかも違う。

  ・復興に対する熱意が違う。

 それらの違いを把握したうえで、その地域にとっての最善の支援体制を構築すること。そこが大変ですね。一旦体制ができてしまえば、あとは時間の問題ですから。」


2.仕事を辞めてまでボランティアに懸ける理由

「…続けることができてる理由は、やっぱり ご縁 ですね。東日本大震災後に、一時 “絆” って言葉が流行ったじゃないですか。あれに近い感覚ですよ。行く先々における様々な人との出会い、そこから生まれる人と人とのご縁。

 例えば、東北のとあるお寺で出会った住職さん。京都の災害現場で出会った大工さん、九州の災害現場で出会ったあの人...そして、ここ伊豆大島の人。思い出深い人が全国にいるんですよ、そういう人たちとの間で結ばれたご縁ですね、今の自分があるのは。

 今、僕自身が活動を続ける理由は、一番は “ご縁” ですよ。

 

数日後、この方は、また別の災害現場へ行きました…

イチゴ農家の一年

突然ですが...

【イチゴに関する問題】

 Q1.イチゴ一粒のカロリーは?

Q2.イチゴが日本で栽培されるようになったのは何年前から?

Q3.高級イチゴの値段はいくらか?

Q4.イチゴに含まれる栄養の中で多いのは?

Q5.イチゴを使った商品の中で、日本生まれのものは?

Q6.イチゴはどの部分が一番甘いか?

  ※答えは、記事の最後です!


先日、イチゴ農家のお手伝いをしました。

そこでは、『もういっこ』という品種を扱っていました。  

『もういっこ』とは...

 ・2008年生まれで宮城県産の品種

 ・硬めで甘みと酸味のバランスがいい

農家のご主人からイチゴに関する話をお伺いしました…


 

【イチゴ農家の一年】

1. 夏 (下準備&休日が取れる時期)

イチゴを栽培している時は、ビニールハウスの温度管理をしなきゃいけないから、丸一日の休みって取れないんだよ。だから、休みが取れるのは栽培がオフシーズンになる8月〜9月の約1ヵ月間だね。

この時期は、一年の中で唯一休みを取れる時期だね。


2. 秋 (苗を植える時期)

イチゴが成長する適温とさているのは20℃くらい。なので、夏場が過ぎて涼しくなり始めた頃にイチゴの苗を植える。ただし、日によって夏の気温になるので温度管理に注意が必要。ただ、今年(2014年)は冷夏だったから、その点ではちょっと安心したね。この時期になると、『休み』という言葉とは無縁になるよ。一瞬も目が離せないからね。


3. 冬 (イチゴが美味しくなる時期)

寒い冬を超えると、農作物の品質が下がってしまうんじゃないか?って思われやすいんだけど、イチゴの場合はその逆なんだよ。寒い時期を通過する時、イチゴは寒さを乗り越えるため、甘みを中に閉じ込めようとするんだよね。だから、冬を超えると甘いイチゴになる。逆に、夏の暑い時期を通過すると、イチゴはすっぱくなる。だから、夏を避けて、冬の寒い時期に向かって苗を植えるんだよね。

意外と不思議に思われることなんだけど…まあ、イチゴも生き物だからね。


4. 春 (収穫の時期)

出荷用のイチゴは、5月頃までに収穫を終えるようにしてるよ。6月になると、もう結構暑い時期だから、イチゴも酸っぱくなっちゃってね。だから、収穫しても、売りに出さずに家で食べるようにしてるよ。

春っていうのは、1年間かけてきた手間暇が形になる瞬間だね。


 

最後に、美味しいイチゴの見分け方を1つお聞きしました。

ご主人 「種と種の間の間隔が短いもの!かな...」

普段、スーパーで何気なく見かけるイチゴ。

ショートケーキの上には、当たり前のように乗っているイチゴ。

実は、とっても手間暇かけて作られていたのか...と。

スーパーでイチゴのコーナーを見ると、立ち止まる時間が増えたような気がしました...。


 

【イチゴに関する問題】

≪答え≫

Q1.イチゴ一粒のカロリーは?

 →A:約5kcal ※スーパーで売ってる中くらいサイズ

Q2.イチゴが日本で栽培されるようになったのは何年前から?

 →A:約200年前

Q3.高級イチゴの値段はいくらか?

 →A:1粒5万円 ※ネットで購入可能

Q4.イチゴに含まれる栄養の中で多いのは?

 →A:ビタミンC ※イチゴ2粒でレモン1個程度のビタミンC

Q5.イチゴを使った商品の中で、日本生まれのものは?

 →A:ショートケーキ

Q6.イチゴはどの部分が一番甘いか?

 →A:先端が甘い

災害ボランティアの一日 (広島)

○7:00 復興連携センターに到着

・受付開始の1時間半前にも関わらず、既に先客がいました。

・7:30頃になると徐々に人が多くなってきたので、6人1列で整列して待機しました。

○8:30 受付開始

・ボランティアの説明

・基本は12人で1チーム、リーダーとサブリーダーを決める!

・名簿に必要事項を記入!

・ボランティア保険には加入して!

・最低限の道具(軍手、マスク、長靴)は必ず持参!

・物資(水、塩飴、タオル、除菌ジェル)が支給されて!

○9:30 バスで出発! 

・バスに乗って出発、作業現場近くの広場に到着しました。

・資材準備:スコップ、一輪車、土のう袋、ほうき...など

○10:00 依頼者さん宅に到着

・現場に到着したら依頼者さんに挨拶をして、今日の依頼内容を確認、作業を開始する。

・作業20〜30分 ⇔ 1回休憩(繰り返す)

・途中で、昼休み(1時間)を挟む

 

○14:00 仕上げ

・依頼者さんにチェックしてもらい、最後の仕上げに入る。

・作業道具をまとめて、紛失した道具がないかチェックする。

・依頼内容は “完了” or “継続” を依頼者さんに判断してもらう。

・依頼者さんに挨拶、撤収する。

○15:00 片付けと報告

・後片付けをして、手洗い、うがい、長靴を洗浄する

・リーダーは報告書を記入する

○15:30 活動終了!

「それでは、お疲れ様でした…」

災害ボランティアの一日 (伊豆大島)

2013年11月、伊豆大島で行った災害ボランティアの1日です。

《伊豆大島へ出発》

 22:00 東京を出発 →(移動120km)→ 6:00 伊豆大島に到着

23:30頃:部屋の照明が消えて艦内放送が入り “就寝モード” へ!

5:30頃:部屋の照明がついて艦内放送が入り  “起床モード” へ!


 

《伊豆大島とは》

     

 伊豆大島は 『椿・あんこ・三原山』 で代表される観光地として、よく紹介されます。

〇椿:約300万本あり、“大島町の花” として制定されています。

〇三原山:島の中央に位置する標高758mの山。山の近くに行くと、以前の噴火で噴出したマグマが固まった跡も見えます。約35年に一度のペースで噴火しながら、少しづつ姿を変えています。


 

《災害ボランティア開始》

港から見た三原山(土砂災害のあった場所)

 

     

 港からバスで移動 → ボランティアセンターに到着 → 受付 → オリエンテーション

 持ち物 : 長靴、軍手、ゴム手袋、マスク、作業着、ゴーグル

    

 オリエンテーション → 作業現場が決定 → 資材をレンタル → 現場へ出発

レンタルした資材 : 一輪車、大小のスコップ、デッキブラシ、懐中電灯、ハンマー…など

 

 現場に到着 → 依頼者さんに挨拶、依頼内容を確認 → 作業開始

依頼内容 : 土砂が入った室内の清掃、がれきの撤去


作業前

↓↓

↓↓

 ↓↓

作業後

作業終了 → 作業道具の洗浄 → 道具の返却、報告書の記入 → 活動終了

高圧洗浄機やデッキブラシを使って道具を洗浄します。

報告書の記入事項を参考に、翌日の作業内容が検討されます。

    

 活動終了後、ボランティアさんへの差し入れがありました。

活動終了 →宿所の掃除 → お風呂 → 食事 → 反省会 → 22:30 就寝

 『今日も1日、お疲れ様でした。』


 

《ボランティアリーダーの声》

様々な災害現場で活動しているボランティアリーダーに聞くと…

『自然災害が発生した時に “災害ボランティア” として活動する場合、他の災害や他の地域でも、だいたいは同じスケジュールで活動していますよ。』...とのことでした。

※2014年2月下旬、上記のような島外ボランティアの活動は終了しました。

ワカメに愛着がわいた私

漁師さんから聞いたわかめに関する話と、お手伝いしたわかめに関する活動を紹介します。

わかめ Q&A】

 問題です!(^ ^)

Q1.わかめの旬は何月?

Q2.わかめの名前の由来は?

Q3.日本人が一年間に食べるわかめの量は、平均で何グラム?

Q4.“わかめの日” っていつなの?

Q5.わかめを日本以上にたくさん食べている国は?

Q6.“三陸産わかめ” の特徴は?

  さあ、きみは何問正解するかな?(^o^)

  (答えは記事の最後です!)


 

【ボランティア活動】

わかめを仕入れてから発送までのお手伝いをしました。

〇わかめを仕入れます。

「ワカメと聞くと軽いイメージがありますが、乾燥ワカメではないので、結構重いです。」

〇中はこんな状態、みずみずしいわかめです。

 「キラキラ光ってます!!」

〇わかめの “茎” と “葉” を分けます。

「意外と難しいですが、コツがつかめるとキレイにできます。」

   

〇わかめを入れる袋を調達します。

「いろんな大きさの袋があります。」

〇わかめの“葉”の部分を計量します。

「実は、規定量より5%位多く入れてます。サービスが良いですね!」

 

〇袋を完全に密閉します。

「完全密閉できなければ、新しい袋に入れて閉じ直します。」

〇完成!三陸わかめです。

「実は、このまま食べれます。ただ、塩漬けしてあるので、そのままは食べにくいです。」

〇冷やして発泡スチロールに詰めて発送します。

「発送作業をしていると、“美味しく食べていただきたい!” という想いが湧いてきます。」

〇味見すると...

(メンバーの感想)

 「歯ごたえがあっておいしい!」

 「いつも食べてるワカメに比べて、3倍くらい肉厚ですよ!」

 「なんか、別の海藻を食べてるみたいです!」


 

 【わかめ Q&A】

 答えです!(^^)

Q1.わかめの旬は何月?

  ⇒A.3〜5月

Q2.わかめの名前の由来は?

  ⇒A.わか(若)+め(海藻) ⇒ “若い海藻”

Q3.日本人が一年間に食べるわかめの量は、平均で何グラム?

  ⇒A.約 2kg

Q4.“わかめの日” っていつなの?

  ⇒A.5月5日 (日本わかめ協会が決めたようです)

Q5.わかめを日本以上にたくさん食べている国は?

  ⇒A.韓国 (日本人の約3倍)

Q6.“三陸産わかめ”の特徴は?

  ⇒A.量と価格が全国トップ(収穫量が多くて高級ワカメ)

 さあ、きみは何問正解したかな!?

 では、またの機会をお楽しみに〜(^o^)

地元土産に持たせる“こだわり”

東日本大震災で被災した地域の商店街で聞いた“地元土産”に関する話の抜粋です。

≪以下、現地の方の話≫

 

 【写真】 震災から約1ヵ月後の様子(石巻市門脇町)

 ・・・震災直後は、がれきが街中にあふれて悲惨な光景でした。メディアでも多く取り上げられて、現地の方の生々しい声が飛び交っていました。誰しもが “生きる” ということに必死でした。しかし、一方でそれは、多くの人たちの共感を呼んだ気もします。ボランティアさんもたくさん来てくれたし、近隣住民で助け合ったし、被災地関係の物はよく売れました。「被災した地域の地元土産です!」、「復興グッズです!」 と言えば振り向く人や、買ってくれる人も多かったです。

【写真】 震災から約2年後の様子(上図と同じ場所から撮影)

震災から1年が経ち、2年が経ち...時間の経過と共に、町からがれきが消えていきました。この地域にも笑い声が飛び交い始めたし、少しづつ震災前の日常を取り戻し始めました。平和な日常に戻るにつれて、メディアも取り上げなくなりました。復興が進んでいること自体は素晴らしいことです。しかし、それと同時に「被災地の地元土産です!」、「復興グッズです!」というフレーズで人々は振り向かなくなりました。しまいには、被災と関係無いのに“復興”というフレーズを利用して、自社商品の売り上げアップを狙う業者まで出てきた時は、怒りを通り越してあきれましたね。

 他の地域でお土産屋さんの前を通った時、ふと耳に入ってきたフレーズは …

「な〜んか、ある種のブームが去ったような感覚だよね〜」

 それを聞いた時は、妙に共感する思いがわいてきましたよ。

 

 【写真】 地元土産の話に耳を傾ける人たち

 消費者であるお客さんの多くは、“災害直後の目線” から “一般的な目線” になってきました。

つまり…

× 復興が進むから買う  物が良ければ買う!

 …ということは、被災した商店では今後、“守りの姿勢” ではなく “攻めの姿勢” に挑戦していかねば、と私的には感じています。

× 復興にからめた商品戦略  本当にいい物を作る商品戦略!

× 復興にからめた宣伝  地域の持ち味を生かした宣伝!

 

「被災した地域に再建したお店...

 そこに置いてある、何気ない一つのお土産...

 ここに、如何にして“こだわり”を持たせるか...!?」

 【写真】 地元土産が並ぶ商店

  被災地の復興度合が目まぐるしく変化している中で、

お土産屋さんの経営戦略も目まぐるしく変化していますね...

≪以上、現地の方の話≫

 

 

支えられた者として!

現地のお母さん

『自宅から三原山を見ると、所々山が削れていて驚いたのよ』

伊豆大島でボランティア活動をした時に、現地のお母さんから話を聞きました。

――――【 以下、お母さんの話 】――――

  あの日、10/15〜16にかけての深夜、私の寝室は土砂が来て、家の壁が壊れ、室内は土砂で一杯になっちゃったの。だから、本当だったら私は今、ここじゃなくてあの世にいるはずの人なのよ。じゃあ、なぜ私があの世じゃなくてここにいるのかって思うでしょ?

あの日、なぜか知らないけど、急に 『歯医者に行ってみようかしら〜』 と思ったの。でも、別に歯は痛くなかったのよ。それなのに、何とな〜く行ってみようと思って、土砂災害直前の10/15の昼、久しぶりに船で島外に出たの。

そして、土砂災害直後の10/16の昼に大島に帰って来たの、だから助かったのよ。

今からしてみれば、なぜあんな行動をとったのか、自分でも不思議なのよ。きっと、ご先祖様や神様が助けてくださったんでしょうね。

ご先祖様や神様から 『お前は、若いころにイタズラばかりしてきたから、もっと世のため・人のために尽くして、罪滅ぼしをしてから、あの世に行かなきゃね!』 って思われたから、私は生き残ったんでしょうね(笑)

 

(伊豆大島に)帰って来た時は、最初驚いたわ。自宅も町中も土砂がすごくて…(中略)…そんな状態だったから、隣町のかたや島外のかたが来てこの光景を見ると、私たちをすごく気遣ってくださるんですよ。確かに大変だったこともあるけど、振り返ってみれば “嫌だったこと” だけじゃなくて “良かったこと” もあったの。そういう話をすると、取材で来たかたから「え?良かったことって何ですか?」って聞かれるんだけど、一番良かったことは “いろんな人から支えられたこと” なんです。

私は最初 “ボランティアさん” と聞くと、 “作業する人” というイメージだったけど、実際はそれだけじゃなかったのよ...

例えばね…

○土砂の入った部屋の掃除をお願いしたら、私が自分で掃除する以上にきていにしてくれた。

○ 嫌なことがあって冷めた表情をしていたら、作業中でも作業の手を止めて私を気遣ってくれて、いろんな愚痴を聞いてくれて心がスッキリした。

…こういった形で、ボランティアさんは、私の気持ちの面まで支援してくださったの。しかも後から聞いたら、それ(気持ちの支援)に関しては、誰かにお願いされたんじゃなくて、ボランティアさんが自発的にやってくれていたの。だから、なおさらありがたくて…。

私の中のボランティアさんに対するイメージは、

  “作業する人” から “心の支えになる人” に変わったの!

 

家の土砂がある程度片付いてきたので、年明けにはボランティアさんたちが自主的に企画して、餅つきをしてくれたの。

その光景を見ながら、ふと考えたの。 『こういう人たちの御恩に報いるためにはどうしたらいいかな?』 って。そして、私なりに思った報い方は…

  『私がいつでも笑顔で、元気に、今を生きること』

 ボランティアで来てくださった方たちが、いつの日か、何かしらの縁で再び大島の地を訪れた時には、ぜひこの家に遊びに来てほしいの。その時に、お茶を出して、お菓子を出して、少しでも恩返しができればと思うんですね。

 だから私は、ボランティアさんたちに恩返しするためにも、あの世へ行かずに、元気に生きていこうと思ってるんです!

――――【 以上、お母さんの話 】――――

 

 

教訓により人生観が変わった私

いろいろな災害現場に行き、支援をされているボランティアリーダーの方から聞いた話です。

 ≪以下、話の内容≫

 災害の後は “教訓” という言葉がよく持ち出されます。特に、3.11以降は、よく耳にするようになりました。

教訓と言うと、一般的にはこんなイメージじゃないですか?

○災害発生時の食量の備蓄

○自宅の耐震強度を上げる

○危険を感じたら避難所や高台へ避難する

○防災訓練をする… など

私は災害ボランティアをやる前、『教訓』といえばこれで全部だと思ってました。しかし、いろいろな災害現場に行ってみると、教訓が身になっている人もいれば、身になっていない人もいました。そんな中で、私が自問自答するようになったのが…

 「身になる教訓とは何か?」

  数年間、災害現場で生の声を聴き続ける中で、私自身が納得した答えはこれでした…

 「教訓とは、私の行動の変化!」

 例えば…

○災害を経験して、改めて家族の大切さを感じた →×教訓

その後、家族で一緒に夕食を食べるようになった →◎教訓

○災害を経験して、インフラの整った生活がありがたいものだったと気付いた →×教訓

その後、節電を心がける中で電気代が下がった →◎教訓

○災害を経験して、人と人との絆の素晴らしさを感じた →×教訓

その後、人に挨拶するようになった →◎教訓

○災害を経験して、ボランティアでがれき撤去をして、片付けの必要性を学んだ →×教訓

その後、自宅の掃除をするようになった →◎教訓

現場で活動し、話を聞き、考える中で、私自身も 『学び』 がありました。


【学び】

○災害発生後、災害ボランティアセンター(VC)の体制作りが大変

○現場に出ると経験者が少ないため、どの災害現場でも似た問題が起こる

○活動期間は短期の人がほとんどなので、現地での人間関係の輪が広がりにくい

○VCスタッフは、通常業務もやりつつ災害VC運営もやるので、負担が大きい

私なりに、これらの 『学び』 を 『教訓』 に落とし込みました。


【教訓】

○災害後、すぐ現場に駆け付けて、体制作りから支援する

○経験者が現場に出ることで、災害現場で起きやすい問題を未然に防ぐ

○長期で活動することで、現地における人間関係の輪を広げる

○ボランティア活動だけでなく、VCスタッフのサポートもして負担を軽減する

『教訓』 を 『行動』に移してみた感想は…

「私は、教訓によって自分の生き方、人生観まで変わりました。(中略)…今はこの地で活動してますが、今後もし、日本のどこかで災害があれば、内心はすぐに駆け付けようと思ってるんです。

 そう考えた時に、極端な話、この地でいつまで活動できるか分からないんですよ。もしかしたら、明日、どこかで災害がって、この地を去るかもしれないんです。そうなれば、今日がこの地で活動できる最後の一日になっちゃうんですよ。

 でも、だからこそ、この地で活動できるのが最後かもしれない今日一日を、大切に、精一杯、悔いの残らないように生きようとしているのかもしれません。(中略)… その結果、ボランティアをやる前と比べると、趣味は減っちゃったのに、一日一日がすごく楽しくなって、すごく充実するようになったんですよ。」

この方は、今日も現場の最前線に立っています。

本日の30分(?)クッキング

ある日、夕食のメニューで頭を悩ませていた時に、こんな物をゲットしました。

 レスキューフーズ☆

 今振り返ってみれば、これを頂いたことで私の悩みが一個解決されたのかと思うと、これも神様の導き(?)だったのでしょう...(‾▽‾)


 

ある日、ボランティア活動後にコレをもらいました。

パッケージによると...

これは「いつでもどこでも、僕の仕事を支えてくれる食事」らしいです。

なるほど、これは助かる!(^^) 家に帰って早速、オープン!!

【セット内容】

写真の左上から:加熱袋、れんげ、発熱溶液、牛丼の素、箱、発熱剤、紙ナプキン、白いごはん

 ≪豆知識≫賞味期限は、常温で3年6ヶ月

なんか、小さい箱からいっぱい出てきました!!(*o*)

初心者(?)なので、説明書の手順通りに作ってみます。

何だか、プラモデルを作ってるみたいです!(^_^)

セッティングして約30秒で、かなりモクモクしてきました。(*o*)

調理時間:温め時間20分+蒸し時間10分=30分

作るのに30分、意外と時間がかかるんだな〜と思いました。

20分経つと結構落ち着いてきました。袋の内側が、汗をかいてるように見えます。

30分経ちました! 盛り付けてみると…

 本日のメニュー『火を使わないのにアッツアツ?魔法の牛丼!』

≪豆知識≫

他のタイプ:カレー、シチュー、中華丼、和風ハンバーグ…など

材料はたったの二つ!

白ごはん(200g)と 牛丼の素(180g) だけ!

たったこれだけで、あっつあつの牛丼(380g) が作れます!

それではここで...


【お客様の声】

(ボランティアさん数名に聞きました)

(^o^)「お店のレトルトをイメージしてたら、意外と具が多くて美味しかったです。」

(‾▽‾)「ご飯が新潟のお米だったので、違和感なく、普通に美味しくいただきました。」

(゜o゜)「調理の過程で周りを汚さない作りで、ナプキンまでついていたので丁寧だな〜と思いました。」


さあ、いかがでしょうか?レスキューフーズ!

 これがあれば、あなたも今日から災害現場のシェフ!

料理が苦手な人でも大丈夫!

牛丼以外にもいろんな料理が作れます!

≪豆知識≫他の非常食(缶詰タイプ)

栗五目ごはん、おかゆ、鶏肉うま煮、牛肉すきやき、牛肉大和煮、とりそぼろ、ポテトツナサラダ、みそ汁、ウインナーと野菜のスープ煮、つくねと野菜のスープ、缶詰の筑前煮(新商品)

 

テレビの前の皆さん(?)も、ぜひ一度、お試しください!(^o^)

参考:ホリカフーズのHP(http://www.foricafoods.co.jp/rescue/index.html