噂に聞いてた“石巻病”

 被災地ボランティアに参加したメンバーの声を紹介します。

 彼は、アメリカに留学している大学生です。2012年末に大学が休みの期間を利用して日本に帰国した際、4日間の被災地ボランティアに参加しました。

 

―――以下、メンバーの声(抜粋)―――

 

 ある日の作業後、共に作業をした地元の方から夕食に招かれました。

 その場には、私たちも含めたいくつかのボランティアチームが集いました。そこで私は、人生で初めて“統一教会”という立場でいろんな方々と交流したので、最初は少し不安がありました。

 交流をする中で、彼らが発する言葉に私は驚きました。

「統一教会さんは、お酒もタバコもされないんですよね?すごいですね。」

「このボランティアのために全国から集まったメンバーは、ほとんどが初対面なんですね。一人一人に相当の意思がないと集まらないですよね。」

 

「普段、一緒にボランティアをしている知り合いから聞いてたんですよ。“統一教会さんはすごい人たちだ”って。だから、一度お会いしたかったんです。今日会えて、本当に良かったです。」

「最初は統一教会さんに対して不審の目を向けていたんですが、震災からずっと活動を共にしていく中で、それは間違いだと気付きました。毎回来るメンバーは違うのに、みんな真面目で一生懸命で。」

 私はその話を、ただ聞いてるだけになっていました。

「あ、そうなんですか〜」

 ...ただ、気持ちとしては、統一教会のことをとても誇りに感じていました。

 

 

 

 最終日は、あるボランティアチームの拠点をお伺いしました。

 すると、偶然にもそこで、アメリカのプロ野球選手にお会いしました。彼は極秘で被災地を支援していたのですが、今回のXmasに合わせて、支援してる地域の小学生たちに会おうと被災地に来ていたのです。プロでも一線で活躍している選手を間近に、私は興奮を隠せませんでした。ものすごく緊張して、いつも通りに話せませんでした。完全にカミカミで、何を言ってるのか自分でも分かりませんでした。それでも頑張って僕が英語で話したことを、他のメンバーがもう一度、英語で説明し直してくれたぐらいです。

 

 私は、将来の夢がメジャーリーガーだったので、まるで自分の夢が形になって現れたようでした。そんな私を見たメンバーは、心からこう言ってくれました。

「この4日間頑張ったから神様がプレゼントをくれたんだよ!」

 こういう最高の仲間たちとの出会いも、ボランティアに来て良かったことの一つです。4日間という短い期間でしたが、彼らとは心が通じ、これからも共に生きていく良き兄弟のような関係になりました。

 

 

 

 活動を終えてみて意外でした“作業”よりも地元の方や他のボランティアの方との“交流”の方が印象的だったのです。

 数日後、私はアメリカに戻ります...しかし、決めました!

 「次に帰国する時は、絶対、もう一度被災地に行く!」

  

 ...なるほど。 これが、噂に聞いてた“石巻病”なんですね。

 

ボランティアに懸ける想い!

 あるボランティアチームのリーダーの話です。

 

 この方が被災地を訪れたのは、震災から約一ヶ月後。最初は、数日間だけボランティアをやろうと思って石巻市を訪れました。

 しかし、いざ始めてみると...

「あれっ?もう一ヶ月経ったの?時間が経つの、早過ぎない?」

 

 そう思っている内に、二ヶ月が経過しました...

「いや〜、まいったなぁ。ここまで来たら、自分の気が済むまでやってみよう。」

 

 あっという間に半年以上が経過しました。気付いたら、貯金が残りわずかでした...

「まだ止めることはできないよな〜。ある程度は(町の様子が)落ち着くまで続けられるように、できるだけ(お金を)節約して、何とかやりくりしなきゃ。」

 

 その頃、この方と一緒の作業現場になることが増えました。

 当時、「収入無しで半年間もボランティアを続けているのはスゴイ」と、周囲にいる方の多くが驚いていたのです。

 私も驚いたので、休憩時間を利用して、ボランティアに来た経緯を聞きました。

「元々は、横浜辺りで自分の店(料理屋)を構えたかったんですよ。だからあえて、どこかの会社の正社員にはならず、バイトして資金を貯めながら料理の修業をしてたんですよ。自分の夢ですね。資金も貯まり、料理の腕もある程度磨いて、そろそろお店を出せるぞ!と、そんな時に震災が起きたんですよ。

 だから、ある面都合が良かったんですよ、ボランティアに行こうと思ったら。お金もあったし、仕事もすぐ辞めれる立場だったし...」

 

 九ヶ月が経つ頃、復興が早い地域では、がれきの撤去作業にある程度の区切りがつき始めました。

「がれき撤去は落ち着き始めたので、一つの区切り目かな。貯金もついに無くなっちゃったから、これは “帰れ” ってことなのかな〜?

 まあ、後ろ髪引かれる思いもあるけど、今月の末(2011年12月末)には、地元に帰ることにしよう...」

 

 

 

 そして、地元に帰る日の前日、この方にとっての作業最終日に、偶然にも、私たちと同じ作業現場になったのです。私は、ボランティアに対してそこまで懸けることができた想いは何なのかを聞きました。

「なぜそこまでできるか?ですか。そりゃあ、困ってる人を助けたいからですね!

 即答でした。

「...まあ中には、ボランティアをやる理由とか、自分のボランティア論をいろいろ語る人もいますよ。

 でも僕に言わせれば、ボランティアをやる理由を長々と語る人ほど、逆に嘘っぽく聞こえるんですよ。

 もし、被災者が自分の友人や家族だったら、長々とした理由が無くたって、誰でもすぐに助けに来ますからね。」

 その翌日、この方は地元に帰りました。

 

 

 

 それから数週間後...

 いつものように朝、現場に着いて作業を始めた時のことです。

「どうも、お久しぶりです。」

私 「えっ?どうしてここ(石巻市)にいるんですか??」

「家の方で、ちょっといろいろあってね...こっちに帰って来たんですよ。しばらくいると思うので、またよろしくお願いしますね!」

 

 

 この方が、再び被災地に戻って来たのです...