ボランティアに必要な要素

2015年9月の関東・東北豪雨の被災地である茨城県常総市で、被災した人から話を聞きました。この人の持つ工場は、近隣の河川の堤防が豪雨で決壊したことにより、床上2~3mの洪水被害にあいました。

豪雨の時は、工場の近くにある川が「決壊しそうで危険だ!」という情報が入ったため、予め避難したことで人命は助かりました。しかしその後、洪水が落ち着いて水が引いた後に工場の様子を見に行くと、建物の外観は大丈夫でしたが、屋内は被災してグチャグチャでした。泥やがれきが、工場内一面に50cm位の高さで堆積していたため、その光景に圧倒されました。

しかし、立ち止まっていても何も始まらないので、「とりあえず何とかしなきゃ」という思いになり、できるところから片付け始めましたが、全然進みませんでした。例えるなら、「小学校の体育館の中一面に、膝上の高さで泥とガレキが溜まっていて、それを自分一人で、道具はスコップ一本だけで、全て片付け終わるまでは収入0だ…」 と言われたような状況でした。

諦めかけていたある日、ふと近所を見ると、ボランティアさんが作業している光景を見ました。「もしかしたら、自分も頼めるのかな?」と思って相談すると、すぐボランティアさんが来てくれました。最初は10人でしたが、工場内の泥の多さを見たら、翌日は20人以上来てくれました。その後も継続して手伝ってくれたおかげで、数日後には泥の下に隠れていた床のコンクリート面が見えるようになりました。最初は「もう、何もかも終わりなのかな」と “絶望” していたのに、「また、この場所で仕事を再開できるかもしれない」と “希望” が見えたんです。 支援してくれたボランティアさんは100人以上になります。本当に助かりましたよ。

私は、来てくれるボランティアさんたちに話をいろいろと聞く中で、驚いたことがあります。「ボランティア」と聞くと、私は最初「体力に自信のある人やお金や時間に余裕のある人、ボランティア経験豊富な人」がやる活動だという先入観がありましたが、実際は全然違ったのです。60代後半の定年後の人や10代前半の子供、バイトの合間に来てくれた金欠気味の学生、わざわざ仕事を休んで来てくれた社会人、縁も無いのに九州などの遠方から来てくれた人もいました。更に、ボランティア自体が初めてという人が想像以上に多かったです。

そんな姿を見ながら、私のボランティアに対するイメージが変わりました。ボランティアにおいて体力や経済力、経験値などの有無はあまり関係無くて、それ以上に大切なのは 気持ち だと感じました。実際、私がボランティアさんと接しながら感動した瞬間は、ボランティアさんの “働きぶりを見た時” よりも、その “心意気を聞いた時” でした。助けたいという気持ち一つあれば、誰にでも素晴らしいボランティアができるのだと思いました。

実は私、2011年の東日本大震災の時に、ボランティアをするために現地へ行こうとしたことがあります。ただ、当時の私は「ボランティア未経験の私は役に立てないかも…」「土地勘の無い私が行くと、逆に迷惑をかけるかも…」「休みもつぶれちゃうし…」と、いろいろ考えた末に、行くのを止めました。今になって振り返ってみれば、当時の私は、行かなくてもいい理由を見つけて自分を納得させていただけだと分かりました。お恥ずかしながら、私の中にある “助けたい” という気持ちが弱かっただけだと気付いたんです。

今回、私はボランティアを “される側” になってみて、その有難さをすごく身に染みました。そして「3.11の時、なぜ自分は行かなかったのだろう」 という後悔と共に、「次に大きな災害が起きた時は、ボランティアを “する側” になろう!」という気持ちが強くなりました。

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