被災地におけるガレキ撤去後の取り組み

ボランティア団体のリーダーから、被災地におけるガレキ撤去後の取り組みについて話を聞きました。

【以下、リーダーの話】

震災直後の時期は、どこへ行ってもガレキ撤去一色だった。しかし、時間の経過に従って、がれきは徐々に片付けられていった。すると、並行して仮設住宅の建設も始まった。仮設が完成するに従い、被災した方たちが避難所から仮設へ次々に引っ越した。すると、多くのボランティア団体も仮設の支援を始めた。

そんな中、我々もがれき撤去だけではなく、仮設支援も始めようと調査した。すると、“仮設住宅の支援”をするボランティア団体は多かったが、“在宅被災者の支援”をするボランティア団体は少なかった。

「当初は仮設支援を始めたいと思ったんだけど、仮に仮設支援をする団体が30あるとすれば、在宅支援をする団体は5つ位しかなくて、更に、NPOや大きな団体のほとんどは仮設の支援にまわっていたんですね。
その現状を知った自分たちは、手薄になりやすい在宅被災者の支援から始めることにしたんです。」

在宅被災者が多い地域を見渡してみると、気軽に人が集まれる集会所のような役割を果たす場所が無かった。そこで、今は使われてない空地を確保して、購入した中古のトレーラーハウスをその場所に設置した。大工のボランティアさんと一緒に内装を全てリフォームした。

するとその場所は、地域の人たちが気軽に集まってお茶したり、おしゃべりしたり、ミーティングしたり、子供が集まってサッカーしたり、鬼ごっこしたりする場所、コミュニティスペースになった。
今後は更に、この場所で食べ物を作って売ることができる環境を整える予定。

この場所を通じて、地域を活気付けて絆を再構築している。
更に今後は、雇用の促進を通して、地域の人にやりがいや生きがいを提供したい。

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「ただ最近は、震災当時と比べて被災地の状況が大きく変化しているので、ボランティアをする難しさっていうのを、すごく感じるんですよ。」

震災直後は街全体がピリピリした雰囲気だった。誰もが生きることに必死だった。なので、助けに来てくれる人であれば誰でも歓迎されたし、どんなことをしても許された。
しかし、震災から1年半が経過した現在、街全体のピリピリした雰囲気もある程度落ち着いて、震災前の日常に戻りつつある人も多い。なのでボランティアは、現地の状況を正確に理解して活動に取り組まなければ、地域の支援になっていない活動をしたり、逆に地域に迷惑をかけてしまうことも多い。

よって、どんなに小さな活動だったとしても、慎重に取り組まなければいけない。
今からやろうとしてる活動は、地域の人たちに確認をとったのか?本当に必要とされてるか?反対する人はいないか?迷惑をかけないか?よく吟味しなければならない。

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また、ある地域では、地域レベルで季節に合ったイベントを企画している。例えば、春はお花見やお花畑づくり、夏は七夕や花火大会、秋は運動会、冬はクリスマス会や餅つき。そこに、地域の子供たちを呼ぶ。他の地域の子供たちにも声をかける。子供たちに続いて、お父さんやお母さん、時にはおばあちゃんも一緒に参加する。その日は、ボランティアさんたちもイベントに一緒に参加して盛り上げる。

「生活再建に必死で、子供の相手をなかなできない親も多いと思います。でも、外はがれきだらけだから、子供が遊びに行ける場所はない。寂しかったり、辛い思いをしている子供が多いと思います。
だから自分は、子供の支援はどんなにたくさんやっても、やり過ぎることは無いと思っているんですよ。実際、子供が元気だと、その地域に希望を感じるんですよね。また、その地域全体が元気を取り戻してくるんですよ。」

子供の支援をすることは、その地域の今だけではなく、未来にも投資すること。
目がいきやすい“被災した過去”や“苦労の多い今”を見つめるだけではなく、“復興した未来”も見つめながら、被災地支援を続けたい。

(…このリーダーは、今日も被災地で汗を流しがら、被災地の復興のために活動しています。)

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