私の良心の望み

東日本大震災の時、津波に流された経験を持つお母さんから聞いた話です。

あの日、私は津波が来た時、私は逃げ切れずに流されちゃったんです。でも、山の麓の流れが穏やかな場所に流されたおかげで、自力で木につかまることができて奇跡的に助かったんです。

急いで山の上の高台へ逃げようと2、3歩踏み出した時、後ろから「たすけてくれ~!」って声が聞こえたので “えっ?” と思い、津波の方を振り返ると、流されてくる人が3人見えました。木の枝を伸ばせば届きそうな近い距離に流されて来ましたが、津波の流れが悪く、自力で助かるのは難しそうでした。私は直感的に、   “すぐ救出しなきゃまずい” と思い、助けに行こうとしました。

しかし、私は一瞬迷いました。雪が降る中、津波で一度流されてしまった私の体は、冷え過ぎて震えてました。体の節々も痛く、息も切れて、人を助けるだけの体力が残っていないと思ったので “下手したら 、助ける側の私が逆に流されるかもしれない” と、頭をよぎりました。

その時、「ゴォーーーー」という音が聞こえてきました。   海を見ると、更に高い津波が迫って来て “この場所にいたら、今度こそ助からない” と思ったんです。考えてる余裕はありませんでした。私は山の方を向いて、必死に津波から逃げました。その後も「助けてくれ~」と何度も聞こえましたが、聞こえない “フリ” をしました、無視したんです。

やっとの思いで津波が来ない高さまで登り、私は助かりました。その後、避難所で家族と再会できました。私は家族や友人に、自身の行動をありのまま話しました。             子供からは「お母さんが助かって良かったよ!」と何回も言われ、友人は「あなたが無事で何よりだよ」と気遣ってくれるばかりで、責められるようなことは無かったです。

それから1年半後、がれきは町からほとんど消え、お店もだいぶ再開して、自宅の修理も終わりました。落ち着いた日常に戻る中で気持ちも徐々に落ち着いてきたのですが、誰かから責められているような感覚は、私の中からずっと抜けませんでした。    そこで “自分は一体、誰から責められているのか?” を考えてみたところ、意外にも “私自身だったのかもしれない” と思いました。1年半前、あの3人から助けを求められた時、助けに行けず、逃げてしまった自分自身の “心の弱さ” そして “勇気の無さ” を、私自身の良心が責め続けていたのだと気付きました。

今回の出来事を通して、人は自分の為だけに生きていると、一番強く残る後味は “辛さ” だと身に染みました。だからもし、誰かの助けになるならば、自分の身が傷付いても行動したい。それが、生き残らせてもらった私にできることであり、良心が望んでいることでもあると思います。

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