夫婦の約束

東日本大震災の被災地域で、焼きそば屋さんの店長さんから話を聞きました。震災当時は、石巻市内の沿岸地域で中華料理店(店舗兼自宅)を、夫婦二人で切り盛りしていました。

震災の時は、お店の営業時間中でした。お客さんを避難させるまでは良かったのですが、私自身が逃げようとした時、津波にのまれちゃったんですよ。“あっ”という間に体を持って行かれました。この町を襲った津波は7mだったようです。何とか水面に顔を出して、流れてきた柱や家の屋根につかまりました。さすがにあの時は『俺はもう死ぬんだな…』と思いましたね。どのくらい流されたか分かりませんが、何とか助かったんです。

急いで高台の上へ移動して『何とか助かったか…』と思いましたが、その時既に、妻の姿はどこにも見えませんでした。辺りを探しても見当たらず、私は海へ戻って妻を探そうと思いましたが、お腹が痛み出して苦しくなりました(当時は、津波の水を飲んでお腹を痛めただけだと思っていましたが、後で病院へ行ったら肋骨が三本折れていました)。更に、工場から漏れた油が何かに引火したのか、津波の上が一面火の海になって近付けなくなり、結局妻を探し回ることができませんでした。

津波が引いた後、自分の店を見に行きました。すると、津波でほとんどの物が流された上に、火災になって店全体が真っ黒こげになり、店そのものが原形を留めていませんでした。結局、この場所で津波にのまれる直前に聞いた「お父さん、津波が来たど〜」が、妻の最後の声でした。妻は、未だに見つかっていません。

震災から10日後位に店を片付けていた時、がれきの中からヘラ(焼きそばを作る時に使う調理器具)が二枚出てきたんです。他の調理器具は、火災のせいで全て真っ黒焦げになっていたにも関わらず、不思議と、この二枚のヘラだけは全く焦げておらず、きれいな状態で見つかりました。しかも、そのヘラをよく見たら、私のではなく、妻の愛用のヘラだったんです。そこに気付いた時は、まるで妻から励まされているような感じがしました。そのヘラを見た娘からは「お母さんが、また焼きそばを作れって言ってるんじゃない?」と言われました。そこで、震災前に妻と交わしていた、ある “約束” を思い出したんです。

「これからの二人の人生で、どんな困難があっても、辛いこと、嫌なことがあっても、焼きそば屋さんだけは絶対に続けよう。おいしい焼きそばを通して、日本中の人たちを笑顔にしようね!」

過去を振り返りながら、下を向いてるヒマは無いと思いました。震災後、この町の人たちは皆、顔から笑顔が消えていました。おいしい焼きそばを食べて、もう一度笑顔を取り戻してもらいたかったです。

そんな時に「B-1グランプリに出てみないか?」というお誘いがありました。以前から妻とも「参加してみたいね~」と話してたのを思い出して『よ〜し、やってやるか!』と、少しづつですが、前に進む力が湧いてきました。

2011年11月に開催されたB-1グランプリに出店しました。全国から集まって来るたくさんの来場者たちが、「宮城県から来た」というだけですごく応援してくれて、私自身も驚きました。   (第6回 B-1グランプリは2日間で50万人以上が来場し、60団体以上が参加する中で、店長の焼きそば屋は6位に入賞した。)

この頃私は、自分の中でも “一つのけじめ” をつけなきゃならないと思っていました。そこで、妻はまだ行方不明でしたが、B-1グランプリの翌月には葬儀をあげたんです。普通に考えたら、行方不明者の葬儀をするって変じゃないですか、本当に死んだのか分からないわけですから。でも、今回の震災は被害が大き過ぎたから、自衛隊の捜索活動が全て終了した後も行方不明者数は多いままで、私の近所でも行方不明者の葬儀をする人は多かったです。(2020年1月時点で、宮城県内の行方不明者は1200人以上)

その後、資金を貯めてキッチンカーを購入して改造し、2012年7月に焼きそば屋を再開しました。今度は移動販売車にしたから、地元に限らず、どこへでも出張販売できるようになりましたよ。

石巻焼きそばは、この辺り(石巻市近隣)だとみんな知ってるけど、県外は知らない人が多いじゃないですか。特に、店を再開した当初は、関東や関西のイベントやお祭り会場へ行くと「“石巻焼きそば” って…何ですか?」という反応が多かったですよ。でも、“珍しい名前” と “被災地から来た” というのが相まってか、関心を持ってくれる人がすごく多くて、嬉しかったですね。

元気付けようと思って現地へ行ったつもりが、逆に元気付けられて帰って来るような日もありました。でも、それだと妻との約束は守れないので、これからは笑顔をもらう以上に、届ける側になりたいと思っています。

震災直後の大変だった時期に応援してくれた全国の皆さんには本当に感謝してるので、“焼きそば” を通して少しでも恩返しできればと思っています。私にとっては、まだまだこれからです。

守ってみせますよ、妻と交わした約束だからね。

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