復興が仕事です

宮城県石巻市内にある小学校の校長先生から伺った話です。

震災後、宮城県は3月11日を「みやぎ鎮魂の日」と定めたため、石巻市内では小学校が休みとなりました。         2016年3月11日、平日でしたが静かな一日を過ごしていました。

〔2016年3月11日 石巻市内の沿岸地域〕

東日本大震災の発生当時、校長先生は石巻市内の沿岸地域にある小学校に勤務していました。

「あの日はすごい揺れでした。地震と聞くと、普通は5~10秒の揺れをイメージしますが、あの時は3分位揺れてました。」

校舎は被災しましたが、校舎内にいた児童たちは全員避難させることができました。

「ですが、助けられなかった児童が1名いたんです。校外にいた子でした。それ以来、校長としてあの子を助けられなかったことが、ずっと悔やまれてですね …(中略)… 翌年の3月11日には、あの子宛ての手紙を書きました。でも、それを読んでいると、あの子から逆に励まされているような感覚になってですね …もっと頑張らなきゃな、と思った瞬間でした。」

その後、別の小学校へ移動になりました。

「移動になって最初に驚いたのは、移動先も被災した小学校だったということです。不思議な縁を感じました。やり直すチャンスをもらったような …そんな気がしました。」

移動先は、校舎自体が床上1メートルくらいまで浸水し、多くの児童が犠牲になった小学校でした。

「児童たちが負っている心の傷は様々です。余震がある日や遠足の日(海が見える場所へ行く日)は学校に登校できなかったり、体調不良で休む日が増えたり、登校できても授業には出れず保健室で休みがちになったり…5年が経過してある程度は落ち着いてきましたが、ゼロにはなっていません。」

震災当時に1年生だった児童たちは、今月で卒業します。

「今月いっぱいで、この小学校で震災を直接体験した児童がいなくなります。そういった意味では、学校としては一つの節目を迎えたと感じています。今後は、東日本大震災を知らない児童が増えていくので、次の世代に震災のことを如何に伝えたらよいのか…今後の大きなテーマだと思っています。」

14時46分に合わせて1分間の黙とうを捧げました。

「復興が仕事です…」

静かな一言からは、復興という言葉の重みが伝わってきました。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です